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投稿者: admin

  • 私の生い立ちについて

    私は貧乏な家というより世間知らずな両親のもとに生まれた。
    子供から大人になるまで親が全部やってくれた人達の元に生まれた。

    二人とも専門学校に通っていて、そのお金も全部親が出してくれた家。

    とっても恵まれている人達だ。
    でもそのせいで私の家にはお金がなかった。

    まともな金銭感覚がないせいで毎日家計は火の車。
    私が生まれてからは特に大変だったという。

    私が生まれたのは結婚してから半年後。
    これは結婚してすぐに行為をしたということ。
    つまり何も考えずに行為をした。

    だからお金の計算もやりくりも上手くできなかったのだろう。

    それでも可愛がってはもらえていたと思う。
    夜泣きがうるさくて殺したくなったと言われたが、死んでいないのは愛されていたからだろう。
    ベランダから落とされなかったのも、枕で窒息死させられなかったのもきっとそうだろう。

    私はそう信じたい。

    言葉が喋れるようになる前から絵本の読み聞かせ、英会話。
    色々してくれたらしい。
    そのおかげか私の最初に話した言葉はHelloだ。

    綺麗な日本語を身につけてほしいと、みせていた番組はNHK。
    バラエティーなんてものはもってのほかだった。

    だから私は未だに上手く日本語が話せない。
    関西にずっといるのに出てくるのは中途半端な関西弁。
    何かがおかしい日本語。

    とんでもないモンスター(姫)である。

    そんな姫はまだ実家暮らしだ。

    就職してそうそう一人暮らしをしたいと言ったが、
    引き留められた。

    あなた一人では生きていけない。
    今まで料理も洗濯もまともにしていないじゃないかと。

    私は、うんわかった。やめるね。そう言って辞めた。
    そうでないとまた母に怒られるから。

    料理は苦手なふりをしているだけだ。
    見た目が綺麗な物は作れないが、できる。
    洗濯だってできる。

    というか母が体調を崩したときに、私はやっている。

    仕事から帰ってきて、母が寝込んでいてできていない家事は私がやっている。
    とはいえ私も仕事終わりで疲れているので上手に出来なかったりする。

    そんな時、父は私にそんなこともできないのかという。
    ならあなたがやればいい。
    そう答えると、疲れているからできないといわれる。

    私だって疲れてるのにな。

    そんな私は下に2人の弟がいる。
    年齢がかなり離れていて5歳下と10歳下。

    5歳下の弟は自分の事ばっかり。
    いつもイヤホンをしていて、どこぞの配信者の配信を見てニヤニヤしている。
    私が家事を必死にしている時でも手伝ってはくれない。
    お願いしてくれたらやるのにっていわれるけど、お願いするのですらしんどい。

    そんな彼は人気者で、いつも輝いており私のコンプレックスを刺激してくるやっかいな存在。

    10歳下の弟は発達障害児だ。
    雨、雷が大の苦手で。耳栓を付けていつも震えている。
    年々酷くなってきている。

    彼からのセクハラ行為も多い。
    一人でお風呂に入れないので私が入れることがある。

    その時、彼は私の胸を見て勃起していた。
    彼の検索履歴を見た時から薄々感じてはいたが、
    どうしてこうも性に関するものだけ発達が早いのだろうか。
    非常に気持ち悪い。

    そんな彼はピアノの才能を認められ、ピアノ教室に通っている。
    素人目にもわかるぐらい彼は急成長をしている。

    それが腹正しい。

    私にも何か才能の種はあったはず。
    なのになぜこうもあいつらだけいつもいつも幸せになるのだろうか。

    どうして私は誰も見てくれなかったのか。
    私の何がダメなのか。

    私だけいつもそうだ。
    私は死ぬまで付き合いをしなくてはいけない病気を2つも持っている。

    こんなに頑張ってるのに。私だけだ。

    もう死んでやろうかな。
    そう思って何度も試すが上手くいかない。

    あぁきっと私は自分が思っているより不器用なんだろうな。

  • 真面目なバカの私

    私の好きな曲に中島美嘉さんの「僕が死のうと思ったのは」という曲がある。
    高校の友達の十八番だった。

    その子は不良だった。
    たくさんのピアス、短いスカート、規則違反のセーター。
    乱れた交友関係に家庭環境に毎日の遅刻。

    私はその子が羨ましかった。
    私は超が付くほどの真面目。

    だけどバカだった。
    真面目なバカは誰からも相手されない。

    頑張っていても気づかれない。
    道端の植物と同じだ。

    雑草はしつこいとウザがられるけど相手にしてもらえる。
    綺麗な花は静かに咲いていてもきれいねって言われて相手にしてもらえる。

    ただ咲いている花でも何か特徴がないとみてもらえない。ただの花になる。

    私はそのただ咲いている花だった。

    私は高校の頃軽音楽部に入っていた。
    その友達とバンドを組む予定だった。
    けどその友達は来なくなり、私は一人で部活に行っていた。

    ある日、その子が部活をサボって遊びに行こうと声を掛けてきた。
    もう正直今更部活では友達を作ることも難しいし部活をサボって遊びに行った。

    すごく楽しかった。

    私の入っていた軽音楽部はもともと強豪だった。
    だからよくわからないルールがあった。遅刻すると反省文とバンド練習時間を減らされる。

    1年生の頃は先輩が勝手にバンドメンバーを決めて、そこに配属された。
    だから必然的に人と触れ合う。
    昔は納得いっていなかったが大人になった今、いいシステムだと思った。

    一度サボってしまってからはなんとなく部活に行きにくくなり、
    土日の練習にも参加しなくなった。

    2年生になり私は敢えて学校を遅刻していくことが増えた。
    最初は週に1回だったのが、週に2回。
    一週間毎日遅刻している日もあった。

    ある日先生は私に言った。
    この一年間でなにがあったのか、この2ヶ月で20回も遅刻していると。

    私はその時、構ってもらえたことが嬉しくて、
    純粋に体調が優れないんです。と答えることしかできなかった。

    本当に体調が悪い時もあった。
    最寄りの駅のトイレで吐き、制服を汚してしまった日もあった。

    ゲロ臭い制服を着て学校に行ったときの先生達の優しい気遣いがうれしかった。

    私もあの子みたいになれた。そう思った。

    そんなあの子は今は地下アイドルをやっている。
    今は連絡を取っていないから詳しいことは知らない。

    私が一方的にブロックしたから。
    連絡を取ることもできない。

    ブロックしたのはあの子とのちょっとした価値観の違い、
    夜通し聞かされた恋バナがうざくなったからだ。

    いや、もっと前からかもしれない。
    高校卒業前の停学処分を私には伝えてくれなかった。
    遊びに誘ってくれなくなった。

    そんな細かなことかもしれない。

    でもね、1つだけ言えることは。
    私はね。毎日とっても楽しかったよ。

    フリータイム500円のカラオケに500円のポテト。
    どれも楽しい思い出です。

    新しい世界を教えてくれてありがとう。

    そんな私の好きな歌詞を以下に

    僕が死のうと思ったのは 冷たい人と言われたから
    愛されたいと泣いているのは 人の温もりを知ってしまったから

    中島美嘉 僕が死のうと思ったのは